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研究内容

その二

アジドとアルキンとのクリック反応:

有機化学反応がもたらした生命科学研究における革新

 
  この発見を契機にして、複数の研究グループによって新たな環状アルキンが相次いで合成され、反応の高速化が達成されてきました(下図)。とくに、細胞毒性のある銅触媒を用いずにすむだけでなく、反応速度が大きく向上したことも重要です。こういった進展の結果、本手法を利用し、生きた動物中での標的分子の観察(in vivo イメージング)も達成されました。このように、歪んだ環状アルキンを利用した銅触媒なしでのクリック反応が、生体分子を化学修飾する手法として優れていることが広く認知され、CuAACに代わる、新たな化学修飾法になりつつあります。

関連項目

  こういった歴史を経て、クリック反応は生命科学研究に有用なツールとしての地位を確立してきましたが、最近になって、銅触媒を用いなくても進行するアジドとアルキンとのクリック反応が新手法として注目され、目まぐるしい進展を遂げています。2004年、Bertozziらは、歪みの大きな環状アルキンを用いることで、アジドとの環化付加反応が、室温においても銅触媒なしで速やかに進行することを報告し、このアルキンが生体分子の化学修飾において有用であることを見いだしました(J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 15046.)。http://dx.doi.org/10.1021/ja044996fhttp://dx.doi.org/10.1021/ja044996fshapeimage_7_link_0shapeimage_7_link_1
 最近では、蛍光団などを有するジベンゾシクロオクチン誘導体が市販されるようになったため(invitorogen; Click Chemistry Tools)、生物学者が簡単に利用できる手法になりつつあります。しかし、市販品で上手くいかない場合に、蛍光団とアルキン部位とをつなぐリンカー部位などを観察したい系に応じて検討するためには、その都度、新たに環状アルキンを合成する必要があります。これに対して我々は、より有用な化学修飾法として、生物学者が簡便に条件検討できる手法を開発しました。具体的には、高い反応性を持ったアルキン部位と、蛍光などの付与したい機能を分離し、これらと標的のアジドとを一挙に連結できれば、汎用性の高い手法になると期待したわけです。このような発想をもとに開発した「ダブルクリック反応」については、次回詳しく解説します。http://www.invitrogen.jp/mp/clickit_dibo.shtmlhttp://www.clickchemistrytools.com/SPDC.htmlshapeimage_8_link_0shapeimage_8_link_1shapeimage_8_link_2
 上述したように、歪んだ環状アルキンを利用した化学修飾法が汎用されるようになってきました(Strain-Promoted Alkyne Azide Cycloaddition: SPAACと略され、利用されています。)この環状アルキンとアジドとが触媒や加熱なしに速やかに反応するという素反応自体も、古くに報告された反応でした。1961年に、WittigとKrebsによって、シクロオクチンとフェニルアジドとを混合するだけで反応すること自体は報告されていました(Chem. Ber. 1961, 94, 3260.)。しかし、天然物合成に代表されるような「目的の分子を合成する」化学においては役に立つ場面がほとんどありませんでしたが、「目的とする機能同士を連結する」ためには優れた手法であったために、上述したような革新をもたらしたと考えられます。http://dx.doi.org/10.1002/cber.19610941213shapeimage_12_link_0
 クリック反応は、「シートベルトをカチッとつなげるように2つの分子を簡単につなげる手法」として、2001年にSharplessらによって提唱されました。彼らの主張は、望みの「機能」を持った化合物を生み出すための究極の手法は、確実に進行する反応である、と解釈できます。上述したアジドとアルキンとの反応はその代表例と言えるわけですが、CuAACの原型である熱的なHuisgen反応自体はトリアゾールの合成法としてしか認識されていませんでした。従って、トリアゾールが欲しいわけではない人には無縁の反応だったわけです。しかし、現在では、2つの部位をつなぐための反応として、極めて重要な位置を占めています。とくに、高分子であったり、無数の混合物が混在した生体分子であったり、といった確実に反応させること自体が簡単でない上に、狙った通りに反応したかどうかの解析も容易でない場合には極めて有効で、なくてはならない手法になったと言えます。もしかしたら、トリアゾールを合成しているとは知らずに、この反応を使っている研究者がいるかもしれないと思える程です。このようなクリック反応の躍進は、新たに生み出された反応が、目的の分子の合成法という各論としてだけではなく、新しい価値観を提示しつつ、新たな手法を幅広い分野に提供した稀有な例として捉えることもできます。