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研究内容

その二

アジドとアルキンとのクリック反応:

有機化学反応がもたらした生命科学研究における革新

 

関連項目

 この反応自体は、トリアゾール誘導体の合成において有用であるものの、室温では進行しないため、生体分子の化学修飾法としてはりようできませんでした。それが、2002年になって、Sharplessら(Angew. Chem., Int. Ed. 2002, 41, 2596.)とMeldalら(J. Org. Chem. 2002, 67, 3057.)がそれぞれ独立に、銅塩によってアジドとアルキンとの環化付加反応が著しく(100万倍!)加速されることを見いだしたことで、新たな分子連結法として利用できるようになりました。彼らは、銅塩の添加によって、環化付加反応が室温で進行し、トランス体を選択的に生じることを報告しました。この反応の有用性はあっという間に世界中に広がり、多くの研究者に利用され、この反応が「クリック反応」の代表格として認識されるようになってきて、今に至ります。その後も反応条件が改良されてきた結果、銅触媒を用いるアジドとアルキンとのクリック反応が生体分子を標識する手法としても重要な役割を担うようになってきました。その有用性は上述の通りです。しかしながら、本反応にも弱点があります。ひとつは、触媒である銅塩が細胞などへの毒性を有する点です。さらに、反応速度の点でも未だ充分とは言えず、もっと速い反応が求められていました。

 2つの化合物を確実につなぐ反応は、有機化学においてだけでなく、広範な分野に対して重要な役割を果たしています。とくに、最近は、「化学」に対してだけでなく、「生物学」に対しても革新的な研究手法を提供しています。

 生命科学研究において、タンパク質や脂質、糖質などの無数の分子が混在する中で、目的とする分子だけを ”みる” 方法が強く求められています。これに対して、これまで、遺伝子改変による緑色蛍光タンパク質(GFP)の導入をはじめとする生物学的な手法がいくつも開発されてきました。しかし、より汎用性の高い手法として、観察したい生体分子の機能を損なわないように蛍光団などを導入する方法が必要とされています。そのためには、生体分子のごく一部だけを改変し、その部分だけを狙って、確実に変換してやらなければなりません。しかし、水中であっても、共存する無数の生体分子とは反応しないように、目的の変換のみを遂行しなければなりません。

 近年盛んに研究されている「クリック反応」(Angew. Chem., Int. Ed. 2001, 40, 2004; Wikipedia)と呼ばれている反応は、このような難しい条件を満たしているため、生体分子を化学修飾する手法として大歓迎されています。

 なかでも、銅触媒を用いるアジドとアルキンとの環化付加反応(Cu-Catalyzed Azide Alkyne Cycloaddition: よくCuAACと略されます)が、生命科学研究における新しい手法として汎用されるようになってきました(下式)。

 この反応は水中でも問題なく進行し、無数に共存する生体分子があってもほとんど阻害されないため、生体分子の化学修飾に信頼して用いることができます。また、アジドやアルキンが生体内には存在しない(「bioorthogonal」と呼ばれます)官能基であるため、標的とする生体分子が標識するには理想的な反応と言えます。しかも、アジドやアルキンはいずれも無極性で小さく、観察したい系に影響を与えづらいことや、求核性のアミノ酸残基や、酸性・塩基性いずれの条件に対しても比較的安定である点も適しています。従って、観測したい生体分子や薬剤にアジド(あるいはアルキン)部位を導入し、銅触媒とアルキン(あるいはアジド)部位を有する蛍光性化合物を添加することで、標的の分子のみを可視化することができます。現在では、Alexa Fluor®などの蛍光色素において、488 nmから647 nmといった広範な波長の蛍光性官能基を有する多彩なアジド・アルキンが市販されており(invitrogen)、実際に生命科学研究の現場で汎用されるようになっています。

 アジドとアルキンとの環化付加反応は、50年以上も昔に発見された反応です。1963年、Huisgenらによって、アジドとアルキンとを100 °C程度にまで加熱すると、1,3-双極子環化付加反応が進行し、位置異性体の混合物ながらトリアゾール環が形成されることが報告されました(Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1963, 2, 565.)。この形式の反応は、Huisgen反応と呼ばれています。